20240304_最近見た映画短評

最近劇場や配信サービスで見た映画の短評をいくつか書き残しておこうと思います。

『哀れなるものたち』

『哀れなるものたち』2024年1月26日公開決定!日本版新ポスターが解禁! | Fan's Voice | ファンズボイス

ヨルゴス・ランティモス監督、エマ・ストーン主演。
一度は自殺してしまった女性(ビクトリア)の遺体を引き取った外科医ゴドウィンが、彼女が身ごもっていた胎児の脳を遺体に移植して、ベラという新しい女性に生まれ変わらせる。ゴドウィンに大切に養育されていたベラだが、やがて外の世界に旅にでて、様々な経験を重ねて、一人の人間として自立していく物語。
世界観の構築力が素晴らしい映画だとおもった。19世紀ロンドンでスチームパンクの仮想的な世界がかなりよく作りこまれている。装飾品から家の家財道具、町で走っている蒸気機関を利用した乗り物など、どれをとっても作り出した世界になじんでいる。
ストーリーはベラの自立の物語が、女性の社会進出の発展段階と軌を一にして進んでいく形。やや戯画化されている面もあると感じたが、2時間くらいでおさめないといけないので、しょうがないところもある。
この映画がフェミニズム映画なのかは評価が分かれるところで、実際にかなり議論されているらしい。個人的にはフェミニズムの観点から見るよりも、ひとりの女性の成長と自立という観点から見るのが適切なのではないかと思う。ベラを抑圧しようとする家父長制的な男性たちがことごとく潰されていく(あるいは自滅していく)という描写は確かにあるけど、そこまでイデオロギー色を打ち出している映画には思えなかった。
とにかくエマ・ストーンの演技がよく、序盤での脳みそは胎児で身体は成人女性という状態のあどけなさやはつらつとした肉体表現には舌をまいた。演者の演技から衣装・美術・演出・カメラワークにいたるまで、細部に手が行き届いている作品だった。

 

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』
映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』開始3秒から“Fワード”全開な予告映像、ポスタービジュアルを解禁 - ムービーコア

現実におきたアメリカの「ゲームストップ騒動」という市場の出来事の顛末を描いた作品。落ち目のゲーム販売会社ゲームストップ社の株をめぐり、空売りを仕掛ける機関投資家たちに、一般市民の投資家(いわゆるダムマネー)が対抗する。
サブプライムローン金融危機を描いた『マネー・ショート(原題:Big Short)』のように解説がないので、株式市場に慣れていない人には何が起きているのかわかりにくいかも。ようは、株価が下がる方に賭けている巨大な投資家と、上がる方に賭ける一般投資家の攻防戦。
たしかに機関投資家連中は卑怯な手を使っているのだけど、空売りじたいは市場の正当なルールにのっとってやっていることなので、劇中で憎悪をかきてるほど巨悪だろうか?と思ってしまった。むしろ実体経済(ここではゲームストップ社の経営)にほとんど関心を持たずにマネーゲームに興じてる時点で、機関投資家もダムマネーの皆さんも同じ穴のムジナなのでは・・・とも。
見る前はそもそも映画にするほど味のある事件かなと思っていたけど、ミームをインサートしたりする(今どきの?)演出やテンポの良さで見ていて飽きることはなかった。

 

『落下の解剖学』

出演作2本がアカデミー賞ノミネート!『落下の解剖学』主演女優ザンドラ・ヒュラー、圧倒される表現力 - 2ページ目|最新の映画ニュースなら ...

ジャスティーヌ・トリエ監督作品。アカデミー賞作品賞など複数部門にノミネートされていて、とくに脚本賞の有力候補との呼び声高い作品。
雪深いフレンチアルプスの山小屋に住む家族の父親がある日家の2階から転落死してしまう。その死の真相をめぐって、妻が容疑をかけられ自殺か他殺かが法廷で争われるという内容。
法廷ミステリーものというよりは、落下によって少しずつ明らかにされる人間関係のほつれや葛藤・確執などが明らかにされていくというストーリーになっている。結局映画が終わるまで「ことの真相」みたいのなのが明らかにされないので、まったくミステリーという意識はないのだろうと思われる。物語序盤から醸し出される夫婦間の不穏な感じに徐々にメスを入れられ、しこりが摘出されていくところは、まさに解剖学であり、この映画が脚本賞有力候補といわれるゆえんなんだろうと思った。
ただ、中盤の展開が静かでゆっくりしていたので、かなりうとうとしてしまった。あとは劇中に出てくる犬の体調を崩す演技がうますぎるのでびっくりします。

 

『ボーは恐れている』

ママ怪死で“最狂の帰省”開始、アリ・アスター最新作「ボーはおそれている」予告 - 映画ナタリー

アリ・アスター監督、ホアキン・フェニックス主演。
アリ・アスター監督の長編3作目にして、初めてのコメディ映画(一応)。前の2作品でホラー映画の巨匠みたいな評価だったので、長編3作品目ときいて驚いた。
映画の内容は、主人公でとにかく心配性の(そしておそらく精神的な障害をかかえている)ボーが、事故で死んだ母親を弔うために実家に帰ろうとする道中で様々な災難に遭うというもの。
ボーはただ実家に帰りたいだけなのに、次から次へと災難が降りかかってくる。観客の「こうなってほしくないなあ」という予感や不快に感じるツボをことごとく刺激して、いやな気持にさせてくる作品。こういう観客心理をよむのがうまい監督なんだろう。
よく批評家に指摘されているところによれば、「何もしていないのにことごとく不運に見舞われる」というストーリーは旧約聖書ヨブ記に由来するものらしい。ヨブ記ではヨブという男性が神から災難に遭わせられ、それでも信仰を維持するのかを試される。終盤で明らかにされる事実とこのことを照らすと、この作品における「主人公に災難をあわせる神」は特定できるのだが・・・。監督個人のトラウマや宗教観(作品内のボーもアリ・アスター監督もユダヤ教徒)を反映したものなんだろうか?
どうも興行的には失敗した作品になってしまったらしく、本作品のようなアリ・アスター監督が描きたいものを描きまくるというアートムービーはもうこれが最後なのかも。

 

アメリカンフィクション』

American Fiction DVD Release Date

日本での劇場公開はなく、先月アマゾンプライムビデオで配信開始された作品。
アメリカの売れてないインテリ黒人作家(モンク)がやけになり、これまでの高踏な作家性や芸術性を捨てて、ステレオタイプ的な(粗野で下品な)黒人像に見合った作品を書いたところ、バカ売れして予想外の評価を得てしまうというコメディ映画。
アメリカの出版界や出版にともなう慣行(売れると見込まれた作品は出版前に映画化契約が結ばれる)などを皮肉りまくる作品になっている。たしかにこうした風刺的な側面もあるのだけど、芸術の達成をとるのか世評をとるのかというモンクの葛藤や、認知症の母親との関係など、単に風刺だけにとどまらない奥行きをもった作品になっている。そして社会風刺を見事に描きながらも、コメディ映画らしくちゃんと笑わせてくれる場面もあった。
ラストの展開は脚本が煮詰まらなかったのかなという印象を持ってしまったけど、見る前の期待以上の満足感を感じることのできた作品だ。なんでこんなよくできた映画が日本では劇場公開なしだったのか、はなはだ疑問ではある。まあアマゾンプライムで配信した方がより多くの視聴者を得ることができると思うので、それをとったのだろうか。